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天照坐皇大御神
をお祀りする皇大神宮
は 通称「内宮」とも申し上げ、神路山・島路山を源
とする 五十鈴川(別名・御裳濯川)
の川上に鎮座しています。 御祭神は、
天照坐皇大御神
このご神名は御祀りに際して神前で畏まって
称え申し上げる最高の御名称で常には皇大御神
や天照大御神と申し上げています。
わが国最初の正史『日本書紀』
の伝えによりますと、
皇大御神は光華明彩しく、
六合の内に照り徹らせり、
と称えられ、皇孫・天津彦彦火瓊瓊杵尊
を高天原からこの国に降されますときにあたって、
尊の御位と地上の永遠を祝福して豊葦原
の千五百秋の
瑞穂国は、是れ吾が子孫
の王たるべき地なり。
宜しく爾皇孫、就きて治せ。
行矣。宝祚の
さかえまさんこと、まさに天壌
と窮りなかるべし。
と、お言葉を与えられました。また、
天と地の続く限り、 瑞穂の国が栄え
行くために、皇大御神は高天原でご自身
がおつくりになっている田の「稲の種」を
手渡されました。 米をつくるくらしが、
この国の繁栄と平和をもたらすと お教え
になられたのです。
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