|
昭和二十年三月十五日、硫黄島が陥落したため、これまでマリアナ諸島のサイパン島、グアム島、テニアン島から護衛機無しの状態で、おおよそ2,250キロを飛んで空襲を行っていたが、
硫黄島陥落後はB29を護衛するは陸軍機であるノース・アメリカンP-51ムスタングも航続距離が日本本土へ1,000キロも短縮されたおかげで、B29と共に飛来するようになり、艦載機と共に
各地で機銃掃射による攻撃を加えることとなった。更に硫黄島はB29の被弾した場合の時の退避基地となったために攻撃はそれ以前に増して日本本土各地に猛攻を浴びせた。
|