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日章旗






日本赤十字社従軍看護婦 衣類 薬品





従軍看護婦

 大東亜戦争中、日本赤十字社は陸海軍含め960班、約3万人近い 従軍看護婦を戦地に派遣しました。 以下の写真は従軍看護婦(正式には戦時救護看護婦)の 制服です。約1.100人が 戦死し、約5.000人近い負傷者を出したといわれてい ます。 一部、引用させていただきますと、召集されて兵士と同じ前線にて従軍看護婦として任務に当たったこの方たちの処遇の悪さには驚くばかりです。

 日赤の看護婦は兵隊と同じ「赤紙」=「戦時召集状」により召集され、陸軍、海軍の指揮下に入る。おかしな事に身分は「軍属」。(陸軍が直属で養成した陸看は別)。  「日赤看護婦養成所卒業後二年間は日赤病院に勤務する、その後20年間は結婚していようが、乳飲み子がいようが日赤本社の召集に応じなさい」と云う規則により、 日赤が赤紙で召集して救護班を編成、軍に「派遣」。 戦後この雇用形態が災いして軍人に支給されるべき軍人恩給が婦長以外には該当せず、 戦時加算(戦闘地域勤務者は1ヶ月を3ヶ月とみなし合計12年に達すると恩給資格を有す。)これも婦長以外は1ヶ月はあくまでも1ヶ月だそうです。 雀の涙ほどの慰労給付金を1979年に支給される。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                               

(注) この項では時代考証的に戦時中の呼び名の看護婦と記して居ります。(現在は看護師)です。決して差別的なものでは無い事を御理解下さい。





従軍看護婦の制服表面

従軍看護婦の制服表面


 










従軍看護婦の制服裏面

従軍看護婦の制服裏面













従軍看護婦の制服表面上部

従軍看護婦の制服表面上部














従軍看護婦の制服ズボン

従軍看護婦の制服ズボン














陸軍 従軍看護婦の青衣

陸軍 従軍看護婦の青衣



 陸軍 従軍看護婦の白衣に変わる草木染めの青衣 (新品) 前線では白衣は目立つために迷彩色の制服だったようである。 連合軍はジュネーブ条約に反して「赤十字」のマークを意識的に目標に爆撃したこともあったと表現されている。 木綿の薄い厚さの粗末な生地である。 南方戦線で陸軍に配属された日本赤十字社看護婦の制服の一つだと言う。









日本赤十字看護婦の腕章

日本赤十字看護婦の腕章・T


 







日本赤十字看護婦の腕章

日本赤十字看護婦の腕章・U










海軍病院の手術衣

海軍病院の手術衣



 
右の袖が左に比べ短い。(新品)








日本赤十字社社員章(左)日本赤十字社看護婦の勲章(右)

日本赤十字社社員章(左)日本赤十字看護婦の勲章?(右)



 日本赤十字社社員章(女子用) は制服の左胸に佩用する。 当時の写真などをみると付けていない場合 もあり、公式の場合以外は自由だったようである。








薬品箱・1
薬品箱・2
薬 品 箱



























薬品箱
陸軍 薬嚢
陸軍 薬嚢











































陸軍 薬嚢 従軍看護婦が皮のベルトのポシェットに入れていた。












洗面器

陸軍病院で使用されていた手洗用の洗面器












紙カブト

厚紙で出来た代用カブト防火班鉄カブト、日赤三重支部山田病院で使用されていたもの。












日赤の看護婦

見送られて出征する日赤の救護看護婦












軍医の薬嚢

軍医の薬嚢












看護婦薬嚢

看護婦用薬嚢












看護婦薬嚢

看護婦用鞄












看護婦薬嚢


救護用行李(こうり)


看護婦薬嚢


救護用行李の内部












陸軍衛生材料廠支給の注射器用品一式

陸軍衛生材料廠支給の注射器用品一式












衛生兵所持品

陸軍衛生兵所持品




看護婦所持品

日赤 従軍看護婦の水筒







以上の写真の用品は九州知覧特攻平和会館に現在展示されているものですが、それ以前に、この貴重な写真を寄贈者にお借りしました。ありがとう御座いました。









南方前線の赤十字看護婦

南方前線の赤十字看護婦


従軍看護婦 遺  詠

日赤救護看護婦 前田 むら 命
三重県出身 二十二歳

あすまたで

    此處で死すとも

        惜しからじ 

        捨てし甲斐ある

               我身なりせば

陸軍看護婦 竹内 喜代子 命
島根県出身 二十歳

激戦を 

  しのびて心 

    ふるひつゝ 

      戦友の墓てふ 

         碑の前に立つ


陸軍看護婦 木村 きよこ 命
鳥取県出身 二十三歳

春たけなはの

     花吹雪に 

       逢へど吾 

         興亜の春を知らで散りゆく



日赤救護看護婦 西澤 都彌 命
東京都出身 二十八歳

母のみ名

   呼びつゝ兵の

     みまかりぬ 

     アカシヤのかほり

          しるき夜更に


動員学徒 飯島 米子 命
長野県出身 十八歳

暗幕の 

   修理を終へて

       今宵より 

       みな安らかにねらるうれしさ



        國 神 社 社 務 所
       平成十六年二月拝殿・社頭掲示ヨリ




















































































(更新/2007/03/29) 二日後に靖国神社参拝  Homepage Owner  Kanno
(更新/2008/08/01) 画像追加・日本が喪に服する月の初頭に記す。







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