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日章旗






日本赤十字救護看護婦への
寄書きの日の丸 報われざる戦後



  当時の日本赤十字社救護看護婦と旧陸海軍従軍看護婦(陸海軍が採用した看護婦)は、 女性の身でありながら兵士と同じように突然に赤紙の招集令状が舞い込み、 その召集令状には○○○派遣を命ずるなどと、 行き先まで指示されていたという。一般兵士と全く同じ赤紙で「戦時召集状」あったそうである。
  と言う事で、一般兵士と同じ扱いだというのに気が付く。 当時の大和撫子には、それほどのこの召集令状に 違和感は感じてはいなかったであろう!それがお国へのご奉公と、出征して行ったのだと私は思う。 現代人と当時の人の心情は、危機感も思想も全く違う状況下に置かれていてのである。その為、現状の国難の窮状を鑑み、 彼女ら看護は我が使命とばかりに、誇りを持って召集に応じたのであったのでしょう。

  報われざる従軍ではありましたが、彼女らの国を思う気持ちと、使命感が滅私奉公させたのではないでのでしょうか。 兵に劣らぬ働きには、感謝の念に耐え難いものがあります。 しかし、戦後の待遇は兵士などとは比べ物にならない差があったようで、一部には戦後全く顧みることもされず、国から慰労給付金の対象から勤労年数が不足ということで 何の補償も殆ど受けることなく、それを要求することもしないでいた従軍看護婦の方たちが居たのです。 しかし、ようやく最近この問題に国も重い腰を上げたようで、国や地方自治体このような境遇の従軍看護婦に申し出るようにと 呼びかけている。しかし、それもお粗末な内容のものである。内容は以下のようなものである。 旧日本赤十字社救護看護婦等に対する書状贈呈事業の概要、 という酷い内容のものである。 人間を一人、死地に追いやっておきながら、無事帰還しても優遇もせず、戦後も長い間放っておかれていたのです。これはどのように考えても国の怠慢ではないかと思われる。 当時の政府も軍も、日赤に全てを委託しておけば、後々の補償も日赤任せで何もしないで済むとの考えであったのではないかと疑いたくなる。 本来なら従軍看護婦も軍属扱いなのであるから、恩給が支給されるべきなのであるが、無いに等しい状態なのである。いや無いと言っていいであろう。

  しかし、救護看護婦として従軍はしたが、実勤務年数に加算年を加えた年数が12年未満で恩給法の規定による普通恩給を受ける権利を有しないと 拒否されていたそうである。そして、日本赤十字社員である救護看護婦と、旧陸海軍が召集した従軍看護婦との差別も少なからずあったようである。 それにしても全ての看護婦が同じ生きるか死ぬかの戦場に赴き、実務年数が足らないから恩給は支給しないなどとは以ての外である。 それでも終戦後すぐ帰還できた人たちは良かったが、ソ連軍の捕虜となって兵士と同じように抑留されて、ソ連兵の看護をさせられた看護婦も多いという。  日本赤十字社は、太平洋戦争中960班、29,562人の戦時救護看護婦を派遣し、戦死者1,143人 負傷者4,689人が確認されているが、この他、旧陸海軍などに応召された救護看護婦や日中戦争時に派遣された人々を加えると、 約55,000人余りの救護看護婦が軍務に従事したのではないかとささやかれている。

  要するに、12年未満で恩給法の規定による普通恩給を受ける権利を有しない人で、逮捕歴がなくて今回の一定の補償金をもらっていない従軍看護婦に、 恐れ多くも内閣総理大臣が書状を贈呈すから、平成21年3月31日までに総務省へ自己報告せよとのお達しがあったということなのである。 本来なら自己申告など待たずに、国が自主的に行うものではないのかと思う。でも今更賞状を1枚もらってもどうしようもないんですがね。 そしてこの賞状にも一寸したことではあるが、差別の文字がみうけられるのである。その文字とは日本赤十字社救護看護婦と旧陸海軍従軍看護婦 と記されているだけだが、これも差別とみてよいのではないかと思われる。この文字は必要ないものだと思うのであるのだが!!





  『「軍人軍属恩給法」により戦地にあった軍人は1ヶ月を3ヶ月とみなす戦地加算があり合計12年に達すると恩給資格者となる(下士官、兵)。准士官は13年。 同じ激戦地で兵と行動を共にした看護婦さん達は1ヶ月は1ヶ月。 日本赤十字社の「召集令状」により従軍した救護看護婦は「軍属」の扱い。(ややっこしい話ですが軍の発した召集令状で はない。兵隊と同じ赤紙であるにもかかわらず)軍属には「傭人」と「雇員」の身分がある。 日赤看護婦は「傭人」。註・「傭人」とは・1 やとわれた人。・2 私法上の雇用契約に基づいて、国または地方公共団体に勤務し、肉体的な単純労務に従事する者。

まやかし其の1 
・「兵隊は軍務につくのは徴兵の義務だが、看護婦 は志願である。」由に「傭人」の「志願」には恩給は無い。  だが兵隊の「志願」は恩給OK。


救済策のまやかし
 ・看護婦長と看護婦では戦後に国立病院に勤務しても戦地の年限を加算したり・しなかったりの 差が有る。(殆どの看護婦が古巣の日赤に戻るので恩給欠格となるのだそうです。) 諸々矛盾が多すぎてこの欄では書ききれません。 国の為・人の為に尽くした看護婦さん達にバチの当たる様な仕打ちをして恥じないこの国はいったいナンなのである。







火筒の響き遠ざかる 跡には蟲も聲たてず


吹きたつ風はなまぐさく くれない染し草の色

日経朝刊 政府公報より(平和祈念事業特別基金)

「恩給欠格者、戦後強制抑留者、引揚者のみなさまへ」

・恩給欠格者ー5万円、又は3万円相当の旅行券進呈。
・シベリヤ、モンゴル強制抑留者ー10万円相当の旅行券進呈。
・引揚者ー銀杯。

   戦後処理はこれにて一件落着!』


本当にこれで良いのでしょうかね〜! 大日本帝国政府様、どうしようもない国に援助金を支援する前に、まずは自国の人間の救済を考えて欲しいものであります。



「従軍看護婦たちの大東亜戦争」読んで下さい。 従軍看護婦たちの大東亜戦争刊行委員会編 祥伝社
定価1000円  ISBN4-396-50094-7


従軍看護婦たちの大東亜戦争















血書の寄書き

血書の寄書き・T



  上海兵站病院 照井隊に派遣されていた日本赤十字救護看護婦(長崎班)坂井藤子さんの帰国時の寄書きである。 右下には血書の痕がハッキリ確認できる。仲間たちがそれぞれ指を切り書き添えてくれたものであろう。

 谷口氏談・『(上の写真・右下)日章旗の裏面に滴る血潮で「中村文三」と大書してあります。 浅尾美代子のところをアールを描いている血の跡が出血の夥しさを感じさせます。 切った傷の深さと感謝の思いの丈は比例しているのでしょうか?』 まあ、戦争に関わった人は沢山いたであろうが、日本人としてこれほど冷遇された人たちは少ないであろう。そして殆どに人たちがこの事を知らないのである。 当時、同じ時期を戦場で共に過ごした人たちも知らないのが現状なのです。










血書の寄せ書き・2

血書の寄書き・U



 手作りの日章旗の寄せ書きの裏には血で書いた血書の名前もうかがえる。手作りで作られたこの日章旗には救護看護婦たちの真心がこもっている。









  (更新/2007/12/07) 師走の忙しい日に記す。Homepage Owner  Kanno








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